深夜0時。 膝の上で、ちっぽけな絶望が丸まっている。
愛用しすぎて、もはやヴィンテージ(という名のボロ)と化したパジャマ。
その表面でポコポコと育った、無数の毛玉たち。
それは、私が今日一日、荒波のような社会と激しく擦れ合った証。
指先で「ぷちっ」と摘み取るたびに、 心にこびりついた余計なノイズも、
一緒に消えていく気がするんだよね。
世の中が言う「丁寧な暮らし」なんて、毛玉一つない真っ白なファンタジー。
常に滑らかで、美しく、一点の曇りもない毎日。
そんな「正論」のカタログに自分を無理やり当てはめようとするから、
摩擦で心が毛羽立っちゃうんだよね。
完璧に生きるなんて、燃費が悪すぎてやってられない。
呪いのような義務感は、毛玉と一緒にゴミ箱へポイしちゃえばいい
ふと、画面の向こう側の「毛玉一つない誰か」が視界に入るけれど。
あまりの非現実っぷりに、もはやCGを疑うレベル。
彼女たちのパジャマは、全自動で毛玉が消滅するハイテク素材なの?
それとも、毛玉を毟る時間さえ惜しんでいるの?
でも、他人のシルクのような日常を羨んだところで、
私のパジャマは柔らかくならない。
誰かと自分を比べて、勝手に「人生の落第点」を付ける。
そんな贅沢な自傷行為、今の私には時間の無駄。
このゴワゴワとした質感こそが、私の愛すべきリアルなんだから。
これでいいんだよ。
部屋の明かりを叩き落として、暗闇の中に避難する。
代わりに灯すのは、小さなキャンドルの火。
視力が落ちてきたおかげで、毛玉だらけのパジャマも、
なんだか高級なカシミヤに見えてくる。
……老眼は、神様がくれた天然の修正フィルターだよね。
「心地いいこと」だけを法律にした、私の小さな独裁国家。
社会に削り取られた「私」の輪郭が、ふっくらと戻ってくる感覚。
毛玉だらけの自分を「愛すべき生き物」として可愛がる。
そんなことなら、今、この暗闇の中で始められるじゃない?
自分の最高の味方は、いつだって、この静寂の中で一人、無心で毛玉を毟っている私。

